ハンドベルの歴史の紹介

ハンドベルは正式名称をイングリッシュハンドベルといい、イギリスで生まれました。イギリスに限らずヨーロッパの教会や大きな建物には塔が付随して建っていて、塔や高い建物の一番上によく鐘が付いています。有名なところではビックベンやピサの斜塔なども鐘を納めるための建築物です*。これらを普通鐘楼と呼び、鐘楼に納められるベルはタワーベルと呼ばれています。

ヨーロッパのなかでもイギリスでは、早くから塔の建築と鐘の製造技術が進み、法律の制定などにより10世紀前後から多くの塔楼が作られました。鐘楼もタワーベルもはじめは小さく、調律の技術もありませんでしたが、14世紀頃には何トンもあるような大きくて音も正確な鐘が作られています。「調律された」「たくさんのベル」が現在のハンドベルにも受け継がれています。


イギリス国会議事堂のビッグベン

チェンジリンギングの例
鐘の製造技術発展にあわせてタワーベルの鳴らしかたも発展し、15世紀頃チェンジリンギングという一つの形態ができあがりました。まず、たくさんあるタワーベルのうちいくつ使うかを決め、一人が一つのベルを受け持ちます。低い音から高い音へと順にベルを鳴らし、これを一回とします。そして簡単なルールに従って鳴らす順番を入れ替えて繰り返していくものです。全ての組み合わせが終わると元の順列に戻るように入れ替えを作ります。チェンジリンギングは今見れば非常に単純な物ですが、世界の音楽的にはバッハが出てくるよりも前の時代の話です。
全ての組み合わせとなると、8つのベルで40320通りもの組み合わせがあり、これを1度に演奏します。この演奏には気力も体力も必要で、音楽よりは一つの競技として定着し、今でもイギリスでは広く行われています。また、短い組み合わせで時報や村への様々なお知らせ用として演奏されていました。チェンジリンギングの音列を曲として、ハンドベルでチェンジリンギングを行うこともあります。

チェンジリンギングのルールは非常にシンプルなものですが、組み合わせの数が多く、演奏に何日もかかるものもあり実際にやるにはやはり練習が必要になります。そこで、手軽に練習をするために考え出されたのがハンドベルの始まりといわれています。タワーベルは時報や警鐘に使われていたので日々練習するには向きませんし、ハンドベルができて(鐘楼の)階段を上まで上らなくてもよくなった事が受け入れられる要員となりました。小さな鐘に取っ手をつけることで室内で練習できるようになり、次第に教会音楽に取り入れられていきました。

18世紀頃には音楽も発展し、聖歌隊などが歌の伴奏に使う以外に道で演奏したりする人々が現れ、ゆっくりですがヨーロッパ内で広まっていったようです。

ParisBellringer
18世紀初頭パリに現れたベル奏者
ハンドベルが本格的に楽器として発展したのは19世紀以降、この楽器がアメリカに渡ってからのことです。アメリカでは西部開拓の時代から教会を中心にベルが広まり、現在米国内で50000チームが活動しているとも言われています。ハンドベルが日本に渡って来た正確な年代は判っていません。1900年頃数十セットが日本に持ち込まれており、日本人の手による演奏が始まったのは1960年代と言われていますが、それ以前からベルはあったので何らかの演奏は行われていた物と思われます。日本国内では現在800チームが活動しています。
今のベル
今のベル
現在では英語圏のイギリス、アメリカ、カナダ、オーストリア、南アフリカ、香港をはじめとして日本、韓国、中国、南米諸国、台湾、マレーシアなど東南アジアへも広まっており、アメリカから逆にフランスやドイツなどヨーロッパ圏内へも広まっています。1980年代から2年に一度ハンドベル世界大会も開かれる様になりました。ハンドベルの構造はできた当初からそれほど変化していませが、演奏方法についてはここ50年の間に大幅に改良され、現在へと受け継がれています。

*ビックベンとは鐘楼内にある12トンあるベルの名前ですが、
いつからか建物もビック・ベンと呼ぶようになったそうです。