フェスティバルでのプロフィール

 毎回ナゾがナゾを呼ぶ連盟主催のフェスティバル参加ごとのプロフィールを紹介します。
これだけ読めばどんなチームかわかるっしょ。

 全国フェスティバル
23回全国フェスティバル 神戸文化ホール1999年11月20日
22回全国フェスティバル 人見記念講堂1998年11月23日
21回全国フェスティバル 福島市音楽堂1997年11月23日
20回全国フェスティバル 人見記念講堂1996年11月17日
19回全国フェスティバル 人見記念講堂1995年11月23日
18回全国フェスティバル 山梨県民文化ホール1994年11月23日
17回全国フェスティバル 人見記念講堂1993年11月23日
 関東フェスティバル
20回関東フェスティバル 青山学院講堂2000年4月29日
16回関東フェスティバル 青山学院講堂1996年6月2日
15回関東フェスティバル 青山学院講堂1995年4月28日
14回関東フェスティバル 青山学院講堂1994年4月28日





 
 第20回関東フェスティバル (2000年4月29日) 青山学院講堂
 

 
2000年もエスプリはエスプリであることをやめません
 
http://esprit.oc.to/
 

 
 
 
4年ぶり登場の関東フェス。
コメントはほとぼりが冷めた頃に〜。
 
 


 
 第23回全国フェスティバル (1999年11月20日) 神戸文化ホール
 
エスプリファンクラブによる紹介デス♪
「道化師」「IQ3」「多種多様な髪型」「ダンシングフラワー」
「ぞくぞくしちゃう」「むさい」「かわいげ」「サギ集団」
「タクシーの運転手さんみたい」「他力本願」「バスガス爆発」etc.
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前回の反省をふまえつつみんなで話し合った結果、プロフィールはいらん、という結論に達しました。
自分で書くことがないのならみんなにかいてもらおう!
というわけでエスプリのオトモダチなひとびとに実際にきいて回ったモノを集めたのがコレです。
締め切り2日前にメールでみんなに呼びかけて、
締め切りの数時間前に集まった中からチャットでエスプリチックなモノを選ぶという、
現代社会に則した(?)方法で決定されたプロフィールです。
ご協力してくれたみなさま、ありがとうございました♪
あ、ファンクラブはいる?希望者はイマイズまで♪とりあえず特典はナシ!
 
 


 
 第22回全国フェスティバル (1998年11月23日) 昭和女子大人見記念講堂
 
 
※残念ながらESPRITさんからプロフィールは届いておりません。
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URL: http://www.ne.jp/asahi/tuck/esprit/index.html
e-mail:esprit-mail@ijk.com

 
 
 
これまででサイテーの出来なプロフィールですね。
なにがいけないってプロフィールを決めに入ったお店が良くなかったんです。
なんか決める気が失せて寒いギャグばっかりでした。
まだインターネットが十分普及してなかったんでしょうなぁ。
ワケわかんないじゃないか、と散々怒られました。
最初の一文は大昔、プロフィールを大会で読んでいた頃に送らないと
演奏者が舞台に登っているのにこんなこといわれてたんです。ひどいですよね〜。
そのギャグのつもりでしたが、だーれも憶えてなかったみたいですね。
上記のURLはまだ生きていますが更新はされてません。あしからず。
 
 


 
 第21回全国フェスティバル (1997年11月23日) 福島市音楽堂
 
 
ラララエスプリ・ラララエスプリ・ララララ…

−三月− 「アッ関東大会だ。」「いいねぇー。」「でも練習してないや。」
     「解散しとく??」「いいねぇー。」
−十月− 「全国大会福島だって。」「いいねぇー。」「でもまた練習してないや」
     「ちょっと東大和寄ってくぅー?」「いいねぇー。」
 
ラララエスプリ・ラララエスプリ・ララララ…
 
*練習は計画的に。 −エスプリ−

 
 
 
今は亡き、東大和のファミレスに入って延々とプロフィールを考えてました。
まあ一つ思いつくといろいろ思いつくもんで、
ネタが出始めたらもう笑いっぱなしだったような。
最後の一行が特にお気に入りですね。
当日の朝、宿で練習させてもらったんですが
みんな眠すぎて練習にならなかったのが笑えます。控え室で寝てるし。
ちなみにフェスのことをいまだに「大会」というのはエスプリくらいしかいないようです。
 
 


 
 第20回全国フェスティバル (1996年11月17日) 昭和女子大人見記念講堂
 
「男性だけのチームは珍しいですね。」
「メンバーが明治学院中・高でハンドベルをしていた関係で。」
「全員OBですか?」
「はい。男子校時代のOBで、男性クワイアの良さを残していこうと。」
「なんか素敵ですね。」
「イヤーそんな〜え〜?そうですか?」
「大曲を2曲やりますよね?」
「ハハハッ、ひきつってきます。」
「月2回の練習はどんな感じですか?」
「ん〜、イヤ〜その〜…。」
「はい、良くわかりました。」
「最後に抱負をどうぞ。」
「僕たちを育てて下さった田中先生、小野田先生、(故)児玉先生のために、
 また多くの支えてきて下さった方々のために、感謝の意を込めて演奏します。」
「期待していますよ。」
「そっそれは困…」
「ありがとうございました。」
 
 
 
去年のプロフィールを見た人からワケわからん、という意見が殺到(?)したらしく、
少しばっかりまじめになってます。
なにげに生い立ちとかチームの目標とか説明になってるでしょ?
いい加減つまらないことで文句言われるのも飽きてきたし・・。
ちょうど20回め記念と言うことで結構みんな盛り上がっていました。
まあ演奏の出来は30点といったとこでしょうか。
 
 


 
 第16回関東フェスティバル (1996年6月2日) 青山学院講堂
   
1993年3月、東大和市の某所に9人の男が結集。
ろくに練習もしてないのに調子に乗って関東大会に参加。
高度なごまかしとなんともいえないそのバカ面で圧倒的非難を浴びる。
新たな決意を胸に全国大会を目指すわけだが、大会直前3人の男が逃亡。
息も絶え絶え全国大会に出場し、今度は圧倒的同情を得た。
1994年、新たに2人の男が加わり関東大会に参加するも、プロフィールが仇となり自爆。
今度こそはと気合いを入れて全国大会へ参加。
寒さ一杯の演奏を行い、コミカルな演奏だけではないところを見せる。
そして昨年、「シンフォニア」「水辺にて」という泣かせるような渋い曲を演奏するものの、
まともに音も出せずに泣くほど笑われる。
再起をかけた人見での全国大会。
ウィリアム・テルが何故かウィイリアムーテルになってしまい、プロフィールで2度目の自爆。
大会では全くいいところがないだけに、今回も期待しないほうが無難と言える。
 
 
 
殆ど去年のパクリですがプロフィールの締め切り時にはまだメンバーも決まってなかったうえに、
全国フェスのプロフィールでおしかりを食らっていたのでやる気がなかったちゅうかそんな感じですね。
なんか練習は毎回2〜4人しかいなかったような。
このときの演奏はナゼか人気あったみたいで、このあとの全国の時いろいろ批評いただいたのですが
誰も春にやった曲を覚えていませんでした。
曲名聞いても思い出さなかったですね。だはははは。
 
 


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 第19回全国フェスティバル (1995年11月23日) 昭和女子大人見記念講堂
   
「いらっしゃいませ!ご注文のほうは?」
「パッサカリアと・・・」
「申し訳ございません。パッサカリアの方は終わってしまったんですが。」
「何だ、じゃあセビリア」
「そちらは少々お時間がかかりますが。」
「どの位?」
「ざっと一年半くらいですね。」
 (客の独り言)『怪しいなぁー』
「ん〜、ならおすすめは?」
「本日のおすすめは、シンフォニアのカンタータ添えとエスプリ風水辺にてでございます。」
「・・・。あ〜この前のアレね。他のない?」
 (店員の独り言)『うっ!バレてる。こうなったら得意のごまかししかない。』
「おっ、お客さまっ。そっ、それでは<Lo! How>と、<ウィリアム・テル>はいかがですか?」
「どんなやつ?」
「ウィリアム・テルのほうは少々過激ですが。」
「もう過激でも何でもいいから早く持ってきて!!」
「はっ、はい!」
・・・「大変お待たせ致しました。ESPRITのきいた二品をどうぞご賞味下さい。」
 
 
 
あまり覚えてないですが確かこれは締め切り前日の夜、その日は結婚式で演奏依頼があって、
その後に某東南アジア系喫茶店に夜遅くがやがや集まって考えてました。
お店ネタにしたのは元々そういう冗談を前から言っていて半ばヤケクソだったんですが
なんとなく面白いのが出来たのでイイと言うことにしました。
しかし身を切り売りするネタしかないのか・・・。
あの店まだやってるのかな〜?
ちなみに1年半後にセビリアの注文を受け、3年後にお届けさせていただきました(違)
 
 


 
 第15回関東フェスティバル (1995年4月29日) 青山学院講堂
   
1993年3月、東大和市の某所に9人の男が集結。
数回の練習だけなのに調子に乗って関東大会に参加。
高度なごまかしとバカ面で圧倒的非難を浴びる。
新たな決意を胸に全国大会を目指すわけだが、大会直前3人の男が脱走。
息も絶え絶え全国大会に出場し、今度は圧倒的同情を得た。
翌年、新たに2匹を捕獲し関東大会に出場したものの、プロフィールが仇となり自爆。
今度こそはと気合いを入れて全国大会へ参加。
寒さ一杯の演奏を行い、コミカルな演奏だけではないところを見せる。
そして本年、諸事情により4月からの練習になってしまい、かなりヤバイ事になっている。
現在日本を代表するケミカル集団として活動中。
 
・・・・「ねえ! 何これミスプリ?」
・・・・「いや! エスプリ。」
 
 
 
某高校が誇らしげにいろいろ書いているのをパロディにした物です。
しかも実話であるところが笑えず、知ってる人にはかなりブラックなネタです。
が、それをも笑い飛ばすのがエスプリのいいところですな。たぶん。
発案段階ではもっといろいろあったんですが、なんか時間がなくってこうなったような。
しかしケミカル集団はしっかり根付いてケミカル関係ないのにエスプリは今でもケミカル集団なわけです。
 
 


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 第18回全国フェスティバル (1994年11月23日) 山梨県民文化ホール
   
いつも楽しく − Enjoy −
   まれに一生懸命に − Headly −
      でもやっぱり気ままに − Freely −
僕たちは活動しています。
練習は基本的に月2回。春(2月〜6月)、秋(9月〜12月)の2期に分けて練習しています。
何せ練習回数が少なく、全員揃う日が少ないので、大曲に挑んだり、
音楽を創ることなどはできませんが、それなりにメンバーは楽しんでいます。
男10人チャラけた奴ばかりですが、今日は気合充分??
・・まあとにかく演奏を楽しみにしていて下さい!!
 
 
 
なんかマジメなのか不真面目なのかわかりませんが、
このころはリーダーが学園祭を強烈に意識してまして
学園祭のパンフにあるみたいなサークル紹介のノリで書いていますね。
このでだしの「活動しています」というのは当時既にエスプリ解散説が広まっていたことを伺わせます。
まったくもう、勝手に解散させんなよ、ってなもんです。
そろそろエスプリ効果(?)がフェスに現れ始めて、
チームの味が出た面白いプロフィールが載り始めたのもこのころです。
粉スープが懐かしい・・・。
 
 


 
 第14回関東フェスティバル (1994年4月29日) 青山学院講堂
 
アロハー! まずはメンバー紹介&一言。上から。
佐々木:やっぱディスコでフィーバーだね。
内藤:ふぅー、いっちょやるか!!
今泉:私はカメハメハ。
佐藤:終わってから一緒に飲みに行く人募集中。
藤田:だから俺たちアウトロー。
吉田:そんな俺は異邦人。
長嶋:サイン会5時から控え室だよ!
玉川:頑張ります。
小林:違いのわかる男ッス。
我妻:恋人募集中(本当)。

活動は月2回のままですが、練習内容、体制を一新した
New−ESPRITの演奏を、お楽しみに。!! それでは。
 
 
 
へんてこなのを書き始めた走りですね。
第13回までプロフィールは読んで紹介されていましたが、
この回から関東フェスでもプロフィールがプログラムに掲載されるようになりました。
できるだけふざけたプロフィールにしてものすごくカッチョイイ演奏をすれば
効果2倍!と目論んでいたのですが結果玉砕しまして・・・。今では淡い思い出です(笑)
ってやった曲も覚えてないんですが。
しかしこれであのつまらない紙面をちっとでも楽しくしてやろうという目論見は達成?したかなあ。
 
 


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 第17回全国フェスティバル (1993年11月23日) 昭和女子大人見記念講堂
   
エスプリは、今春の関東大会でデビューした新チームです。
メンバーは6人ですが、全員違う大学・高校に通っているため、月に2度の練習が精一杯です。
そのため派手な演奏はできませんが、2オクターブの曲の良さ、
男性チームらしさが出せればと思います。
 
 
 
このころは必死でした。なにせメンバーが10人だと思ってたのが6人に減ってましたからね。
本番は結局7人いたと思うのですが、一番ベルをベルとして楽しんでいたのは
2オクターブだったこのころですね。
このときはみんな好きなポジション、とかいってやったこと無いところばかりのへんてこなアサイメントでした。
またやってもイイねえ、ああいうの。
 
 




 
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